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プンダリーカ

 「プンダリーカ」とは「白蓮華(びゃくれんげ)」を意味するインドの言葉で、西照寺のご本尊「阿弥陀如来像(あみだにょらいぞう)」が白蓮華にお立ちになっていることに由来し命名しました。
 『仏説観無量寿経(ぶっせつかんむりょうじゅきょう=観経)』というお経には「念仏の行者は白く清らかな蓮(はす)の花とたたえられる尊い人である」と説かれ、親鸞聖人も『正信念仏偈(しょうしんねんぶつげ)』の中で「是人名分陀利華(ぜにんみょうふんだりけ)」と阿弥陀如来の本願を信じ、お念仏をよろこぶ人のことを讃えておられます。

拡大してお読みになりたい方は、こちらのPDFファイルからお読み下さい。昨年のプンダリーカもご覧いただけます。

​令和8年2月の掲示板

 昨年(令和7年)の流行語大賞は、「働(はたら)いて働いて働いて働いて働いてまいります」だったそうです。
この言葉は、昨年10月の自民党総裁選で選出され、女性初の首相となった高市早苗氏が、選出後の挨拶で語った言葉とのことです。
 「はたらく(働く)」という言葉の語源は諸説あるそうですが、その一つは「傍(はた)を楽(らく)にする」であるともいわれています。
「はた(傍)」というのは、自分以外の他者のことです。
他者を楽にしてあげる、他者の負担を軽くしてあげる、というのがもともとの「はたらく(働く)」の意味だったとの説があるそうです。
 仏教には、「自利(じり)」と「利他(りた)」という言葉があります。
「自利」とは自らがさとりをひらいて仏になることであり、「利他」とは他の者をさとり・仏に到らしめることです。
阿弥陀如来(あみだにょらい)は、この「自利」と「利他」が一つに合わさった「自利利他円満(じりりたえんまん)」の仏さまであります。
つまり、「自利」と「利他」とがそれぞれ別々にあるのではなく、自らのさとりがそのまま他者のいのちをすくうことであり、「自利」と「利他」二つが欠けるところなく完成した仏さまであるということです。
 親鸞聖人(しんらんしょうにん)は、『浄土和讃(じょうどわさん)』にて、
「十方微塵世界(じっぽうみじんせかい)の 念仏(ねんぶつ)の衆生(しゅじょう)をみそなはし 摂取(せっしゅ)してすてざれば 阿弥陀(あみだ)となづけたてまつる」
【数限りないすべての世界の念仏するものを見通され、摂め取って決してお捨てにならないので、阿弥陀と申しあげる。】
と喜ばれています。
自己中心的な思いから離れられない私たちは、自らの為に、自らが大切な人達や自らに利益をもたらす人たちの為にはたらきますが、そうではなく、苦しみ悩むすべてのものを、決して捨てることなく、無条件にはたらいてくださるのが、阿弥陀如来という仏さまであるのです。
そしてそのおはたらきは、私たちを浄土に生まれさせるその時まで、つねに私たちへと向け続けられています。

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↑過去の掲示板の言葉と解説は、1年ごとに冊子にまとめています。
​ご希望の方へはお渡しいたしますので、お気軽にお申し出ください。

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